▼ダイバーが見た「階段」
1986年、地元のダイバー新嵩喜八郎が、島の南部、新川鼻の沖の海中で、階段のように段をなす巨大な岩を見つけた。のちに「遺跡ポイント」と呼ばれるこの場所は、東西約250メートル、南北約150メートル、高低差は約25メートルにおよぶ。
直角に切り立った壁、平らに削られたようなテラス、人がくぐれるほどの「門」。透明な海の中に浮かび上がるその姿は、まるで海に沈んだ神殿のようだ。
▼琉球大学の調査と「人工説」
1992年からは、琉球大学の海洋地質学者・木村政昭らが調査を重ねた。木村は、階段やテラス、排水溝のような溝などは自然の浸食ではできないとして、かつて陸上にあった古代の構造物が海面の上昇によって沈んだのだと唱えた。
ただし、木村が示した形成年代は時期によって変わっており、査読を経た学術論文や考古学的な発掘の裏づけが乏しいことも批判されている。
▼自然が刻んだ階段
一方、この岩は砂岩でできており、砂岩はもともと平行な割れ目(節理)に沿って板状・階段状に割れやすい。直線的な段差は、こうした割れ目に沿って波や潮流が岩を削った自然の地形だとする見方が根強い。スフィンクスの浸食説で知られる地質学者ロバート・ショックも、基本的には自然の地形であり、古代の人が手を加えた可能性はありうるという立場をとった。
沖縄県は人の手が加わった痕跡が確認できないとして、ここを遺跡とは認めていない。それでも毎年多くのダイバーが、この海の底の謎を自分の目で確かめようと潜っていく。
正体をめぐる諸説
- 壱
自然地形説(有力)
砂岩が節理に沿って割れ、波や潮流に削られてできた自然の地形だとする説。県も遺跡とは認めていない。
- 弐
人工構造物説
陸上にあった古代の石造建築や石切り場が、海面上昇で沈んだとする木村政昭らの説。
- 参
ムー大陸の名残説
太平洋に沈んだとされるムー大陸の文明の遺跡だとする、オカルト界で人気の説。
