▼砂漠の巨大な同心円
リシャット構造は、サハラ砂漠のアドラール高原、町ウアダンの近くにある円形の地形で、直径は約40キロメートルに及ぶ。現地のアラビア語では、井戸の水をくむ革袋の丸い口にたとえて「タゲンス」とも呼ばれる。
1930〜40年代に「リシャットのクレーター」として記録され、1952年には探検家テオドール・モノの調査隊が周辺の円形地形の一つとして記録した。当初は隕石の衝突跡と考えられていた。
▼隕石ではなかった
しかし1950〜60年代の調査では、隕石の衝突を示す衝撃変成の証拠は見つからなかった。衝突の目印となる鉱物コーサイトが見つかったという報告も、1969年の分析で重晶石の見誤りだったと分かった。
現在では、地下から押し上げられたマグマによってドーム状に盛り上がった地層が、長い年月をかけて削られ、硬さの違う岩が輪のように残ったものと考えられている。地下の火成岩はおよそ9400万〜1億400万年前の白亜紀のものとされる。2022年には国際地質科学連合の「世界の地質遺産100選」に選ばれた。
▼アトランティス説
輪が重なる姿が、プラトンが記したアトランティスの同心円状の都に似ていることから、近年、動画サイトなどでここをアトランティスの跡とする説が広まった。
考古学者ショーン・M・ラファティは、形が円いという表面的な一致を除けば、成り立ちがあまりに古く、砂漠の真ん中にある点も合わないと指摘している。一方、外側の輪のくぼ地には、アシュール文化と呼ばれる旧石器時代の石器が豊富に残っており、太古の人々がこの地を訪れていたことは確かである。
正体をめぐる諸説
- 壱
浸食されたドーム説(定説)
マグマで盛り上がった地層のドームが削られ、硬い岩が輪のように残ったとする地質学の定説。
- 弐
隕石衝突説(否定)
隕石の衝突でできたクレーターとする初期の説。衝突の証拠が見つからず否定された。
- 参
アトランティス説
プラトンが記した同心円の都アトランティスの跡だとする説。学術的な裏づけはない。
