▼工事役人の報告書
老中・水野忠邦の天保の改革の一環として、1843年に印旛沼から江戸湾へ水を流す掘割の開削工事が始まった。怪獣の話は、天保14年9月2日(1843年9月25日)付で当時の工事役人が出した報告書として残っている。
記録によれば、弁天山の近くの底なし沼から濁った水が噴き出し、普請を担当していた秋月藩の役人が見回っていたところ、急に暴風雨となって水中から怪獣が現れた。体長は1丈6尺(約4.8メートル)、全身が黒く、鼻の低い猿のような顔で、1尺(約30センチメートル)もある爪をもっていたという。
▼雷のような音と13人の死
怪獣はしばらく大きな岩に腰かけていたが、突然雷のような音を立てると、見張っていた役人13人(またはそれ以上)がその場で死に、助かった者も重い病にかかったと伝えられる。その後の行方は分からない。
八千代市立郷土博物館は2020年の展示でこの怪獣の立体模型を作った。同館の解説は、被害者の一人が担当した区域が弁天山から5キロメートルほど離れていることから、事件の現場を厳密に特定するのは難しいとしている。
正体をめぐる諸説
- 壱
工事への風刺説
役人が大勢死ぬ筋立てから、幕府の無理な干拓工事への批判や皮肉を込めて、地元の人々が作った話ではないかとする見方(山口敏太郎)。
- 弐
沼の主の出現説
沼を掘り割られて怒った沼の主が姿を現したとする、伝承そのものの見方。
- 参
未知の大型動物説
沼に棲む未知の大型動物が、工事で住みかを荒らされて現れたとする説。
