超常アトラス
デリーの鉄柱のイメージNo.77
古代超古代文明

デリーの鉄柱

錆びない鉄柱

1600年近く雨ざらしでも錆びない鉄の柱! 古代インドの鍛冶師は何を知っていたのか

インドの首都デリー南部、クトゥブ・ミナールの遺跡群に立つ高さ約7メートルの鉄の柱は、1600年近く屋外にありながら、ほとんど錆びていない。その理由は長く謎とされ、「古代の超技術」の証拠として語られてきた。

現場
インド デリー メヘラウリー(クトゥブ・ミナール遺跡群)
初出
4〜5世紀
怪奇度
★★★★★

▼グプタ朝の柱

鉄柱は高さ約7.2メートル、直径約41センチで、重さは数トンに及ぶ。刻まれたサンスクリット語の銘文から、4〜5世紀のグプタ朝の王チャンドラグプタ2世の時代のものと考えられている。

銘文には「ヴィシュヌの足跡の丘」に立てられたとあり、もとは別の場所、現在のマディヤ・プラデーシュ州のウダヤギリにあったとする見方がある。デリーへ移された時期や経緯については、いくつかの説がある。

▼錆びない理由

インド工科大学カーンプル校の冶金学者R・バラスブラマニアムらは、この鉄に含まれるリンの多さに注目した。乾いたり湿ったりを繰り返すうちに、鉄の表面にリンを含む薄く緻密な皮膜ができ、それがさらなる錆を防いでいるという。

2002年に発表された研究では、1600年かけて育った皮膜の厚さは、わずか20分の1ミリほどとされた。古代の鍛冶師の製鉄法が、偶然か知恵か、この不思議な性質を生んだのである。

▼柵に囲まれた柱

柱には、背を向けて両腕を回し、手が届けば願いがかなうという言い伝えがあった。しかし多くの人が触れたことで下の部分が傷んだため、1997年に柵が設けられた。

柱の上の方には、18世紀に大砲の弾が当たったとされるくぼみも残る。1993年、クトゥブ・ミナールとその建造物群は世界遺産に登録された。

正体をめぐる諸説

  • 壱

    リンを含む保護皮膜説(有力)

    鉄に多く含まれるリンが、乾湿の繰り返しの中で表面に緻密な皮膜を作り、錆を防いでいるとする研究による説明。

  • 弐

    乾いた気候の助け説

    デリーの比較的乾いた気候も、錆の進みを遅くしているとする見方。

  • 参

    失われた超技術説

    古代には現代でも再現が難しい製鉄の技術があった、あるいは外から伝えられたとするオカルト的な説。