▼マヤの遺跡で見つかった?
ルバアントゥンは、ベリーズ南部トレド県にあるマヤの都市遺跡で、紀元730〜890年ごろに栄えた。石灰岩でなく黒い粘板岩の大きな石を、モルタルを使わずに積んだ珍しい建物で知られる。1920年代には、イギリスの冒険家F・A・ミッチェル=ヘッジスもこの遺跡に関わった。
彼の養女アンナ・ミッチェル=ヘッジスは、1924年にこの遺跡で父とともに水晶のドクロを見つけたと語った。ドクロは、古代マヤの神秘の品として有名になった。
▼競売で買われていた
ところが、記録はまったく別の来歴を示している。ミッチェル=ヘッジスは1943年10月15日、ロンドンのサザビーズの競売で、美術商シドニー・バーニーからこのドクロを買っていた。1943年12月に弟へ送った手紙には、400ポンドで手に入れたと書かれている。
ミッチェル=ヘッジスは1940年代後半までこのドクロを公にしていない。ドクロはアンナが2007年4月11日に亡くなるまで手元に置かれ、その後の詳しい調査で、古代マヤにはない近代の道具の跡があることが分かった。
▼19世紀のドイツ製
大英博物館やスミソニアン協会の研究者は、各地の水晶ドクロを調べた。2008年、マーガレット・サックスとジェーン・マクラーレン・ウォルシュは、ダイヤモンドなどの研磨剤をつけた高速回転の金属の道具で彫られた跡があると発表した。
水晶ドクロの多くは、19世紀にブラジル産の水晶を加工していたドイツのイーダー=オーバーシュタインの工房で作られたものとみられている。同じ2008年には、映画『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』が公開された。
正体をめぐる諸説
- 壱
近代の作品説(定説)
回転工具の跡などから、19世紀以降に作られたものとする見方。購入の記録も残っている。
- 弐
古代マヤの祭具説
マヤの神官が儀式に使った品で、遺跡から見つかったとする、アンナが語った物語。
- 参
超古代文明の遺物説
古代の技術では作れないほど精巧なため、失われた文明や異星の存在が作ったとする説。
