▼水深5メートルの石畳
1968年9月2日、ジョゼフ・マンソン・ヴァレンタイン、素潜りで知られるジャック・マイヨール、ロバート・アンゴーヴの3人は、ノース・ビミニ島北西の沖、水深約5.5メートルの海底で、丸みを帯びた大小の石が敷き詰められた「舗装」に出会った。
石は北東から南西へ約800メートルにわたって一直線に並び、「ビミニ・ロード」や「ビミニの壁」と呼ばれるようになった。その手前にも、平行に並ぶ似た石の列が2本ある。
▼ケイシーの予言
アメリカの霊能者エドガー・ケイシーは、リーディング(催眠状態での語り)の中で、ビミニ島をアトランティスの山の頂だと語っていた。1940年6月28日のリーディングでは、アトランティスの一部「ポセイディア」が最初に浮かび上がり、それは68年と69年、英領西インド諸島かバハマで起こると述べたとされる。
予言のとおりの年にバハマの海底で見つかった石の列は、ケイシーの信奉者たちに、アトランティスの道路か城壁の跡だと受け止められた。
▼自然が作った「ビーチロック」
地質学者や考古学者の結論は、自然にできた地形というものである。アメリカ地質調査所のユージン・シンらの調査で、石は貝殻のかけらが炭酸塩で固まった「ビーチロック」で、ひび割れによって四角いブロック状に割れたものと分かった。
1977年に採取された試料の放射性炭素年代は、ビーチロックが約2800年前に固まったことを示した。下の石灰岩から出た約1万5000年前という年代を人工物の証拠とする人もいるが、その時代にはこの場所の海面が低く、海の石灰岩ができる条件になかったため、根拠にならないとされる。同じような自然の石畳は、オーストラリアのタスマニアなど世界各地にある。
正体をめぐる諸説
- 壱
自然のビーチロック説(定説)
貝殻などが固まった岩が、ひび割れで四角く割れた自然の地形だとする地質学の結論。
- 弐
アトランティスの遺構説
ケイシーの予言どおりに現れた、沈んだアトランティスの道路や城壁の跡だとする説。
- 参
鄭和の艦隊説
明の鄭和の艦隊と結びつける説。信頼できる裏づけはない。
