▼バナナ農園から現れた球
石球が見つかったのは1930年代、ユナイテッド・フルーツ社がバナナ農園を開くためにディキス川の三角州の森を切り開いたときだった。石球はディキス三角州とカニョ島で300個以上が知られている。
大きさは数センチのものから直径2メートルを超えるものまであり、重いものは15トンに達する。多くは斑れい岩という硬い火成岩でできており、石灰岩や砂岩のものもある。
▼ディキスの人々が作った
石球は、いまは消えたディキス文化の人々が作ったとされ、出土品はアグアス・ブエナス期(300〜800年)とチリキ期(800〜1550年)のものである。作り始めは600年ごろで、多くは1000年以降に作られたと考えられている。
アメリカの考古学者サミュエル・K・ロスロップは早くから調査を行い、1963年に研究書を出した。しかし、球を作った目的はいまもはっきりしない。
▼世界遺産になった集落の跡
2014年6月、フィンカ6、バタンバル、エル・シレンシオ、グリハルバ2の4つの遺跡が「ディキスの石球のある先コロンブス期首長制集落群」として世界遺産に登録された。
多くの石球は農作業や持ち去りで元の場所から動かされたが、フィンカ6では石球が列をなす配置が残っている。
正体をめぐる諸説
- 壱
権威と集落の象徴説(有力)
石球は首長の力を示す飾りや、集落の大切な場所を示すしるしだったとする見方。
- 弐
天体の配置説
石球の並びは、星や太陽の動きを表していたとする説。
- 参
アトランティスの遺物説
完全な球を作れたのは失われたアトランティスの技術だとするオカルト的な説。
