▼海綿採りが見つけた沈没船
1900年、嵐を避けてアンティキティラ島に立ち寄った海綿採りの潜水夫たちが、水深約45メートルの海底で古代の沈没船を見つけた。翌1901年にかけてギリシャ政府の支援で引き揚げが行われ、青銅や大理石の彫像などが次々と運び出された。
その引き揚げ品の中に、目立たない青銅の塊があった。1902年、アテネの国立考古学博物館で遺物を調べていた考古学者ヴァレリオス・スタイスが、そこに歯車とギリシャ文字が刻まれていることに気づいた。
▼天を計算する歯車
科学史家デレク・デ・ソーラ・プライスは長年この機械を調べ、1974年に『ギリシャ人の歯車』を発表して、これが暦や天体の動きを計算する装置だと示した。2005年にはX線CTによる詳しい調査が行われ、内部に隠れていた文字や構造が次々と読み解かれた。
残っている歯車は30個ほど。ハンドルを回すと、太陽と月の位置、月の満ち欠け、日食や月食の起こる時期などが分かり、古代オリンピックなどの競技会の周期まで示していたと考えられている。
▼誰が造ったのか
沈没船は紀元前1世紀ごろに沈んだとされ、機械が作られたのは紀元前2世紀から1世紀ごろと見られている。これほど精密な歯車の仕組みは、その後1000年以上、ヨーロッパの記録には現れない。
ローマの政治家キケロは、アルキメデスが天体の動きを示す球儀を作ったと書き残している。この機械はアルキメデスや天文学者ヒッパルコスの流れをくむ工房の作品なのか。それとも、私たちの知らない失われた知識の名残なのか。
正体をめぐる諸説
- 壱
ギリシャの天文計算機説(定説)
当時のギリシャの天文学と精密な工芸の技術で作られた、天体の動きを示す計算装置だとする見方。
- 弐
アルキメデス工房説
アルキメデスの技術を受け継ぐ職人や、ロードス島などの学問の拠点で作られたとする説。
- 参
オーパーツ説
時代に合わないほど高度な技術であり、失われた超古代文明や外部の知識がもたらしたとする説。
