▼「忌まわしき雪男」の誕生
1921年、エベレストに挑んだ英国の偵察隊が、雪原に人のような足跡を見つけた。同行した現地の人々の話がイギリスの新聞で「Abominable Snowman(忌まわしき雪男)」と訳され、この呼び名が一気に広まった。
▼シプトンの足跡写真
決定的だったのは1951年、登山家エリック・シプトンがメンルン氷河付近で撮影した巨大な足跡の写真である。比較のために置かれたピッケルの横で、足跡は長さ30センチを超えていた。この1枚が、各国の雪男探検ブームに火をつけた。
日本からも多くの探検隊がヒマラヤへ向かった。雪男の追跡は、冒険と科学と夢がないまぜになった、20世紀の一大ロマンだった。
▼寺に眠る「雪男の頭皮」
エベレスト南麓のクムジュンの寺には、雪男の頭皮とされる遺物が伝わっている。1960年、エドモンド・ヒラリーが率いた調査隊がこれを借り出して調べたところ、カモシカの仲間の皮で作られたものと結論づけられた。
近年は毛や骨のDNA解析が進み、2017年の研究では、雪男のものとされた試料の多くがヒマラヤに棲むクマ類のものだったと報告されている。だが、すべての目撃と足跡がそれで説明できるわけではない。
正体をめぐる諸説
- 壱
ヒマラヤのクマ誤認説
後ろ足で立ち上がったヒグマやツキノワグマを見間違えたとする説。DNA解析の結果もこれを支持する。
- 弐
ギガントピテクス生存説
かつてアジアに生息した巨大類人猿ギガントピテクスの子孫が、高地で生き延びているとする説。
- 参
山の精霊説
シェルパの信仰では、イエティは山の守り神とも不吉の前触れとも語られる。肉体を持たない存在だとする見方もある。
