▼家族を失った未亡人
サラ・ウィンチェスターは1839年に生まれ、ウィンチェスター連発銃の会社を営む一族のウィリアム・ワート・ウィンチェスターと結婚した。1866年に生まれた娘アニーは、わずか1か月ほどで亡くなった。
1881年に夫も亡くなり、サラは莫大な財産を受け継いだ。1886年、彼女はサンノゼ近郊の、8部屋の農家が建つ牧場を買い取った。
▼36年間続いた増築
それから1922年に亡くなるまで、館の工事は続いた。いちばん多いときで500ほどの部屋があったとされ、彼女が亡くなったときには160部屋ほどになっていた。
天井で行き止まる階段、どこにも通じない扉、10フィート(約3メートル)を上がるのに44段もある階段など、奇妙な造りが多い。1906年の大地震では7階建ての塔などが崩れたが、ほとんど建て直されなかった。
▼霊媒の伝説は本当か
よく語られるのは、ボストンの霊媒に「銃で命を落とした人々の霊を鎮めるため、家を建て続けよ」と告げられたという話である。だが、この霊媒が登場するのは1967年の本が最初で、そうした人物がいた記録は見つかっていないとされる。
館は彼女の死の翌年から見学者に公開され、1974年にはアメリカの国家歴史登録財に登録された。迷路のような館を歩けば、伝説を信じたくなる気持ちも分かるだろう。
正体をめぐる諸説
- 壱
建築好き・実務説(有力)
財産と時間をもつ彼女が、自分の考えで改築や実験を重ねた結果だとする見方。奇妙な造りの一部は地震の被害や、つぎはぎの増築によるともいわれる。
- 弐
霊を鎮めるための増築説
銃で亡くなった人々の霊を鎮め、あるいは惑わすため、霊媒の言葉に従って建て続けたとする説。霊媒の存在は確かめられていない。
- 参
今も霊が住む館説
館には今もサラや霊たちがとどまり、不思議な物音や人影が現れるとする心霊的な説。
