超常アトラス
ボーリー牧師館のイメージNo.46
霊界霊能・異界

ボーリー牧師館

イングランドで最も呪われた家

修道女の幽霊、鳴り響く鈴、壁に浮かぶ文字! 「イングランドで最も呪われた家」はなぜ炎に消えたのか

イギリス・エセックス州の小さな村ボーリーに、かつて大きな牧師館が建っていた。修道女の幽霊やひとりでに鳴る鈴の話が絶えず、心霊研究家ハリー・プライスはそこを「イングランドで最も呪われた家」と呼んだ。

現場
イギリス イングランド エセックス州 ボーリー
初出
1862年
怪奇度
★★★★★

▼夕暮れの修道女

牧師館は1862年、ヘンリー・ドーソン・エリス・ブル牧師が教区の牧師の住まいとして建てた。翌年ごろには、すでに誰もいないのに足音が聞こえるといった話があったという。

1900年7月28日には、牧師の娘4人が、夕暮れどきに家から40ヤード(約37メートル)ほどのところで修道女の幽霊を見たと語った。

▼ハリー・プライスの調査

1928年に移ってきたスミス牧師夫妻も、使用人を呼ぶ鈴が鳴ったり、窓に明かりが見えたりすると訴えた。1929年6月10日に新聞『デイリー・ミラー』が記事を載せ、12日には心霊研究家ハリー・プライスが訪れた。すると石や花瓶が飛ぶといった、新しい種類の現象が起き始めた。

1930年から住んだフォイスター牧師の妻マリアンヌは、ベッドから投げ出されたと訴え、壁には「マリアンヌ、どうか助けて」といった文字が現れたという。プライスは1937年5月から1年間この館を借り、48人の観察者を集めて記録をとった。

▼炎に消えた館と、疑いの報告

1939年2月27日、当時の持ち主W・H・グレグソン大尉が玄関の広間で石油ランプを倒し、館は火事で大きく焼けた。プライスは1940年に『イングランドで最も呪われた家』を出し、焼け残った建物は1944年に取り壊された。

プライスの死後、1956年に心霊現象研究協会(SPR)が出した報告は、多くの現象が作り物か自然の原因によるものだったと結論づけた。それでも村を訪れて、かつての館の跡を探す人はいまも絶えない。

正体をめぐる諸説

  • 壱

    作り話・演出説(有力)

    住人や調査者の作り話、あるいは話題づくりの演出が多く含まれていたとする見方。1956年の協会の報告もこれに近い結論を出した。

  • 弐

    自然現象・思い込み説

    古い家の物音やネズミ、風などを、幽霊の噂に引きずられて怪異と受け取ったとする説。

  • 参

    本物の霊の棲む家説

    修道女の霊などが本当にとどまり、住人たちに助けを求めていたとする心霊的な説。