▼木の実を食べて山に生きる
即身仏とは、仏の教えを実践する修行者が、長い年月をかけて身を清め、入定(にゅうじょう)した姿のまま後世にまつられるものである。出羽三山の湯殿山を中心とする山形県の庄内地方と、その周りに多く伝わる。
修行者は米や麦などの穀物を断ち、木の実や草などで命をつなぐ「木食行(もくじきぎょう)」を、千日から三千日にわたって続けたとされる。日本に現存する即身仏は、十数体ほどとされている。
▼注連寺の鉄門海上人
鶴岡市大網の注連寺は、弘法大師空海の開山と伝わる湯殿山の寺の一つである。この寺にまつられる鉄門海上人は、病に苦しむ人々のために祈り、道の整備や新田の開発にも力を尽くした。
注連寺によれば、鉄門海上人は1829年(文政12年)12月8日の暁に入定し、即身仏となった。江戸で眼病が流行したとき、人々を救おうと祈ったという話も伝わる。
▼大日坊の真如海上人
注連寺の近くにある大日坊(瀧水寺大日坊)には、真如海上人の即身仏がまつられている。天明の飢饉のさなかの1783年(天明3年)、96歳で入定したと伝えられる。
大日坊では6年に一度、丑年と未年に即身仏の衣を改める儀式が行われ、その衣はお守りに納められる。人々を救いたいという願いは、いまも祈りの対象として受け継がれている。
正体をめぐる諸説
- 壱
修行と環境による保存説(有力)
木食行で体の脂肪や水分が極めて少なくなっていたことと、入定後の手厚い扱いが重なって、姿が保たれたとする見方。
- 弐
湯殿山信仰の広まり説
湯殿山の修行者たちが、信仰を広め人々を救う象徴として即身仏の道を選んだとする宗教史の見方。
- 参
仏の力による不朽説
修行を成し遂げた上人が、いまも仏として人々を見守り続けているとする信仰。
