▼雪解けの湖畔に現れた遺骨
ループクンドは、トリシュール山とナンダグンティ山の間、標高約5020メートルにある氷河湖だ。1942年、森林警備の職員がこの湖のほとりで多くの人骨を見つけ、広く知られるようになった。
遺骨は300人以上にのぼるとされる。湖は聖なる山ナンダ・デヴィの巡礼の道にあり、12年に一度の巡礼「ナンダ・デヴィ・ラージ・ジャート」では、ループクンドでも祈りが捧げられる。
▼古代DNAが示した二つの時代
2019年8月、国際的な研究チームが学術誌『Nature Communications』に、38人分の遺骨の古代DNAと放射性炭素年代の分析を発表した。人々は三つの集団に分かれていた。
現在の南アジアの人々に近い23人は、いずれも西暦800年ごろのものだった。一方、東地中海の人々に典型的な祖先を持つ14人と、東南アジアに関係する祖先を持つ1人は、1800年ごろのものだった。南アジアの集団も、一度に亡くなったのではない可能性が示された。
▼なお残る謎
かつては、巡礼の一行が大きなひょうを伴う嵐に遭い、一度に命を落としたと考えられていた。だが研究は、遺骨が同時に残されたものではないことを示した。
1800年ごろ、なぜ東地中海にゆかりのある人々がヒマラヤの奥地にいたのかは、まだ分かっていない。湖畔の遺骨は、名も知られぬ人々の最期の地として、静かに眠り続けている。
正体をめぐる諸説
- 壱
ひょうの嵐説
巡礼の一行が激しいひょうを伴う嵐に襲われ、逃げ場のない湖畔で亡くなったとする説。少なくとも一部の死を説明するものとして語られてきた。
- 弐
複数の出来事説
古代DNAと年代の分析が示すとおり、千年をへだてた複数の出来事で人々が亡くなったとする見方。
- 参
巡礼・旅の途上説
人々はナンダ・デヴィの巡礼や山越えの旅の途中で、高地の厳しい環境に倒れたとする見方。1800年ごろの集団の来歴は分かっていない。
