▼魚の体になった女神
古代メソポタミアでは、古バビロニア時代から、魚の尾を持つ男の姿(クルッルー)が円筒印章などに守り神として描かれていた。
シリアの女神アタルガティスは、ギリシャ・ローマの著述家にはデルケトの名で知られ、アシュケロンで崇められた。紀元前1世紀のディオドロスが伝える話では、女神は若者と恋をして娘を産んだことを恥じ、アシュケロン近くの湖に身を投げ、頭は人のまま体が魚になったという。捨てられた娘は鳩に育てられ、のちのアッシリアの伝説の女王セミラミスになったとされる。
▼聖なる魚の池
アシュケロンや、北シリアのヒエラポリス・バンビュケ、エデッサにあった女神の神殿には魚の池があり、その魚には神官しか触れることを許されなかった。2世紀のルキアノスは『シリアの女神について』で、ヒエラポリスでの信仰の様子を書き残している。
▼セイレーンから人魚姫へ
ギリシャ神話のセイレーンは、もともと鳥の姿の怪物だったが、中世になると魚の尾を持つ姿で描かれることが増え、人魚と重なっていった。
1493年、クリストファー・コロンブスはカリブ海で人魚を見たと記録したが、これはマナティーだったと考えられている。1837年にはハンス・クリスチャン・アンデルセンが『人魚姫』を書き、人魚は心を持つ悲恋の主人公として描かれるようになった。伝承の外で人魚が実在する確かな証拠は見つかっていない。
正体をめぐる諸説
- 壱
海獣の見間違い説(有力)
マナティーやジュゴンなどの海の哺乳類を、遠くから人の姿と見間違えたとする説。コロンブスの記録もこう説明される。
- 弐
女神信仰起源説
アタルガティスのような魚の姿の神々の信仰が、人魚の姿の源になったとする見方。
- 参
未知の海洋生物説
人に似た未知の生き物が海に実在するとする説。証拠は見つかっていない。
