超常アトラス
フィジーの人魚のイメージNo.140
UMAUMA(未確認生物)

フィジーの人魚

フィジー・マーメイド

猿の上半身に魚の尾! 日本生まれの「人魚」を興行王バーナムがニューヨークで売り出した

1842年、ニューヨークのブロードウェイにあったバーナムのアメリカ博物館に、「フィジーの人魚」が現れた。猿の上半身と魚の尾をつなぎ合わせたその標本は、日本で作られた細工物だったと考えられている。

現場
アメリカ ニューヨーク マンハッタン(バーナムのアメリカ博物館跡)
初出
1822年
怪奇度
★★★★★

▼日本の漁師がつくった人魚

1822年、アメリカの船長サミュエル・バレット・イーズが、日本の船乗りからこの「人魚」を6000ドルで買ったとされる。別の話では、アメリカの捕鯨船の船長がオランダ領東インドのバタヴィアで5000ドルで買ったともいう。同じ1822年には、ロンドンのセント・ジェームズ通りのコーヒーハウスで見せ物にされた。

こうした人魚は、日本で商売として作られていたと考えられている。オランダ商館の倉庫番は、日本では30両ほどの品が、バタヴィアでは2000スペイン・ドルで売れることもあったと書き残している。

▼バーナムの宣伝作戦

1842年、ボストン博物館のモーゼス・キンボールがこの標本をニューヨークに持ち込み、興行師P・T・バーナムが週12ドル50セントで借りた。バーナムがこの年の1月1日に開いたアメリカ博物館では、人魚の巨大な看板が建物の正面の大半を覆った。

バーナムは、標本はいんちきだとする記事をわざと新聞に載せ、それを確かめようとする客をさらに呼び込んだという。

▼人魚のその後

アメリカ博物館は1865年7月13日の大火事で焼け落ちた。バーナムの人魚も、彼の収蔵品を襲った火事で失われたとみられている。

現在、ハーバード大学のピーボディ考古学・民族学博物館には、同じ種類の人魚の標本が収蔵されている。

正体をめぐる諸説

  • 壱

    日本の細工物説(有力)

    猿などの上半身と魚の下半身をつなぎ合わせて作った、日本製の見せ物用の細工だとする見方。

  • 弐

    宣伝のための話題作り説

    バーナムが本物か偽物かの論争そのものを宣伝に使い、客を集めたとする見方。

  • 参

    本物の人魚説

    当時の宣伝で語られた、南洋で捕らえられた本物の人魚だとする説。