▼天保の瓦版
現存する件の記録で最も古いものの一つが、天保7年(1836年)12月の瓦版である。人の顔に牛の体を持つ件が丹後国与謝郡の倉橋山に現れたと伝え、その先数年は豊作が続くと予言した、その絵を貼っておけば家は栄え、厄を避けられると書いている。
倉梯山は天橋立の西にある、標高92メートルほどの小さな山である。
▼各地に現れた件
件の記録はほかにもある。文政2年(1819年)には周防の上ノ関で牛から生まれたという話が残り、慶応3年(1867年)には出雲で件が生まれて3日で死んだと記されている。明治42年(1909年)には、長崎県の五島列島で件の剥製が博物館に展示された。
天保の瓦版は、件は正直な獣なので、証文の結びの「よって件の如し」という言葉はここから来たと説明している。ただし宗教学者の島田裕巳は、この言い回しはずっと古くからあり、件の話は後の時代の創作だと指摘している。
▼予言獣と文学
江戸時代後期には、アマビエやアマビコ、神社姫など、疫病や豊凶を予言する獣の話が流行した。件もその一つで、民俗学者の佐藤健二は中国の霊獣・白澤との関わりを指摘している。
件は近代の文学にも登場する。内田百閒の小説『件』(初稿1921年)や、小松左京の『くだんのはは』(1968年)はよく知られている。
正体をめぐる諸説
- 壱
予言獣の流行説
アマビエなどと同じく、瓦版を売るために作られた予言獣の一つだとする見方。
- 弐
白澤起源説
人の言葉を話す中国の霊獣・白澤の話が、件の姿や性質に影響したとする説。
- 参
「件の如し」由来説
天保の瓦版が説く、正直な件の言葉にちなんで証文の「よって件の如し」が生まれたとする説。言い回しの方が古いとする反論がある。
