▼この世の地獄と極楽
恐山は、862年に天台宗の僧・慈覚大師円仁が開いたと伝えられる霊場である。火山ガスが噴き出す岩場は「地獄」に、白い砂浜が広がる宇曽利湖の湖畔は「極楽浜」になぞらえられ、各地から死者を供養する人々が訪れる。
下北地方には「人は死ねばお山(恐山)へ行く」という言葉が伝わる。風車がからからと回る岩場は、まさに此岸と彼岸の境である。
▼イタコになるための修行
イタコの多くは、目の不自由な女性が師匠のもとに弟子入りし、長い修行を積んで一人前となった。経文や祭文を覚え込み、冬の水垢離などの厳しい行を経て、最後に神をつける儀式を受ける。
イタコは恐山に属する僧ではない。大祭の時期に境内の外れに座を設け、訪れた人の求めに応じて口寄せを行ってきた。
▼口寄せ──死者が語りだす
口寄せでは、依頼者が亡くなった人の命日などを告げると、イタコが数珠を鳴らして祭文を唱え、やがて死者の言葉として語り始める。言葉は津軽や南部の方言で語られ、聞く者は涙を流す。
近年、イタコの数は大きく減り、口寄せができる人はごくわずかになったといわれる。死者と生者をつないできた東北の祈りの文化は、いま静かに消えようとしている。
正体をめぐる諸説
- 壱
霊媒説
イタコは実際に死者の霊を身に降ろし、その言葉を伝えているとする見方。
- 弐
グリーフケア説
口寄せは遺族の悲しみを受け止め、心の整理を助ける民間の癒しの仕組みだとする見方。
- 参
民俗芸能説
祭文や語りの型を伝える、東北の民間信仰と芸能の継承者だとする見方。
