▼記録に残る失踪
伝承では、1284年6月26日、聖ヨハネと聖パウロの祝日に、ハーメルンの130人の子どもが姿を消したとされる。この出来事は1300年ごろ町の教会のステンドグラスに描かれたが、その窓は1660年に失われた。
残る最古の文書は1440〜1450年ごろのリューネブルクの写本で、銀の笛を吹く若い男が子どもたちを連れ出し、跡形もなく消えたと記している。
▼ネズミは後から加わった
古い記録には、ネズミ退治の話は出てこない。笛吹き男がネズミを追い払い、約束の報酬を払わなかった町への仕返しに子どもを連れ去る筋書きは、16世紀になってから結びつけられたものである。
その後、グリム兄弟や、1842年のロバート・ブラウニングの詩によって、この話は世界中に知られるようになった。
▼音楽を奏でない通り
ハーメルンには、子どもたちが通って町を出たと伝わる「ブンゲローゼン通り」があり、いまもここでは音楽や踊りを控える習わしが続いている。
町では夏の日曜日に笛吹き男の野外劇が演じられ、この伝統は2014年にドイツの無形文化遺産に加えられた。子どもたちがどこへ行ったのかは、700年以上たった今も分かっていない。
正体をめぐる諸説
- 壱
東方への移住説(有力)
若者たちが、東ヨーロッパの新しい土地を開く入植者として町を出たことが伝説になったとする説。
- 弐
疫病・災害説
病や事故などで多くの子どもが亡くなった出来事を、笛吹き男の姿で語り伝えたとする見方。
- 参
異界へ連れ去られた説
笛吹き男は人ならぬ者で、子どもたちを別の世界へ連れていったとするオカルト的な解釈。
