▼山里を襲った獣
記録に残る最初の犠牲者は、1764年6月30日に亡くなった14歳の少女ジャンヌ・ブーレである。それから3年にわたり、マルジュリド山地の村々で、羊の番をする子どもや女性が襲われる出来事が続いた。
1987年の研究は、襲撃は210件、亡くなった人は113人にのぼったと数えている。資料によっては死者を60〜100人ほどとするものもある。
▼国王の狩人たち
ルイ15世は竜騎兵の大尉デュアメル、オオカミ狩りの名人ダンヌヴァル父子、そして王の銃持ちフランソワ・アントワーヌを次々に送った。アントワーヌは1765年9月、大きな灰色のオオカミを仕留め、獣は退治されたとされた。
しかし襲撃はやまなかった。1767年6月19日、地元の猟師ジャン・シャステルがムーシェ山の斜面で一頭の獣を撃ち、ようやく被害は終わった。
▼獣の正体をめぐって
今日の研究者の多くは、被害をもたらしたのは一頭または複数のオオカミ、あるいはオオカミの群れだったと考えている。
それでも、目撃談に語られた大きさや毛の色から、獣の正体をめぐる議論は今も続く。地元には犠牲者や狩人をしのぶ記念碑が建てられている。
正体をめぐる諸説
- 壱
オオカミ説(有力)
一頭または複数のオオカミ、あるいはオオカミの群れが人を襲ったとする見方。
- 弐
オオカミと犬の雑種説
大型の犬とオオカミの間に生まれた獣が、人を恐れず襲ったとする説。
- 参
異国の猛獣説
見世物などから逃げたライオンやハイエナのような動物だったとする説。
