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ディアトロフ峠事件のイメージNo.42
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ディアトロフ峠事件

ウラル山脈の遭難

雪山の夜、9人はなぜテントを内側から切り裂いて逃げたのか! 60年後に出された雪崩という答え

1959年2月、ウラル山脈北部の雪山で、経験豊かな若者9人のスキー登山隊が全員亡くなった。テントは内側から切り開かれ、9人は厳しい寒さの中へ防寒着も十分に着ないまま出ていた。その理由は長く謎とされてきた。

現場
ロシア ウラル山脈北部 ホラチャフリ山の東斜面
初出
1959年
怪奇度
★★★★★

▼オトルテン山をめざした10人

一行はウラル工科大学の学生や卒業生らで、隊長は23歳のイーゴリ・ディアトロフだった。目的地はオトルテン山で、当初は10人だったが、ユーリ・ユーディンが体調を崩して1月28日に引き返した。

2月1日、残る9人はホラチャフリ山の、さえぎるもののない斜面にテントを張った。オトルテン山まではおよそ10キロの地点だった。

▼切り開かれたテント

2月26日、捜索隊は持ち物を残したまま放棄されたテントを見つけた。テントは内側から切り開かれており、一行は夜のうちに、氷点下の寒さの中へ急いで逃げ出したとみられた。

9人は斜面の下の森のあたりなどで見つかり、最後の4人が雪の下から見つかったのは5月だった。6人は低体温症で、3人はけがで亡くなったとされる。当時の調査は、死因を「抗しがたい自然の力」とだけ結論づけた。

▼再調査と、雪崩という結論

ロシアの検察は2019年に調査をやり直し、2020年、雪崩が原因だったと発表した。一行は雪崩から身を守ろうと安全な場所へ避難したが、その判断が皮肉にも命取りになったとしている。

2021年には、スイスの研究者ガウメとプズリンが学術誌『コミュニケーションズ・アース・アンド・エンバイロメント』に、小規模な板状の雪崩で一行の避難とけがを説明できるとする研究を発表した。近くの峠は、亡くなった一行をしのんで「ディアトロフ峠」と名づけられている。

正体をめぐる諸説

  • 壱

    板状の雪崩説(検察・研究の結論)

    テントの上の雪が小規模な板状の雪崩となって崩れ、一行が慌てて避難したとする説。2020年の検察と2021年の研究が支持した。

  • 弐

    強風・低体温説

    山の強い風や寒さの中で判断が乱れ、テントを出てしまったとする見方。

  • 参

    軍事実験・未知の力説

    近くで行われた兵器の実験など、軍や未知の力が関わったとする説。公的な裏付けは見つかっていない。