▼地下室の壁を壊したら
1963年、デリンクユの住民が家を改装していたとき、地下室の壁を打ち抜くと、その奥に見知らぬ部屋が現れた。さらに掘り進めると、地下へ続くトンネルの網の目が見つかった。
これが、カッパドキアで最も深いとされるデリンクユ地下都市の再発見だった。町の下に、長いあいだ忘れられていた都市が眠っていたのである。
▼地下85メートルの暮らし
地下都市は何層にも重なり、最も深いところでおよそ85メートルに達する。内部には通気孔や井戸のほか、住まい、貯蔵庫、礼拝堂などが設けられていた。
入口は内側から転がす大きな石の扉で閉じることができ、階ごとに閉ざすこともできた。さらに8〜9キロのトンネルで、別の地下都市カイマクルとつながっていたとされる。
▼誰が掘ったのか
最初の部屋やトンネルは、紀元前8〜7世紀ごろにフリュギア人が掘り始めた可能性があるとされる。のちのビザンツ時代、とくにアラブ勢力との戦いが続いた780〜1180年ごろに大きく広げられ、人々の避難所として使われたと考えられている。
デリンクユを含む一帯は、1985年に「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群」として世界遺産に登録された。
正体をめぐる諸説
- 壱
戦乱からの避難所説(有力)
ビザンツ時代を中心に、攻めてくる軍勢から住民が家畜とともに逃げ込む場所として広げられたとする見方。
- 弐
宗教的な迫害からの隠れ家説
初期のキリスト教徒が、迫害を逃れて信仰を守るために使ったとする説。
- 参
地上の大災害からの避難説
氷河期や地上を襲った大災害から逃れるため、超古代の人々が掘ったとするオカルト的な説。
