▼峠を守る商人たちの城
ブラン城は1377年、ハンガリー王ラヨシュ1世の許しを得て、ブラショフ(当時のクロンシュタット)のザクセン人が築いた城である。トランシルヴァニアとワラキアを結ぶ峠に建ち、関所と砦の役目を負っていた。
第一次世界大戦の後、城はルーマニア王家のものとなり、マリー王妃が好んで過ごした。いま城内には、王妃が集めた家具や美術品が並べられている。
▼ヴラド3世と小説の伯爵
ワラキア公ヴラド3世は、父ヴラド2世が「竜騎士団」に入って「ドラクル(竜)」と呼ばれたことから、「ドラキュラ(竜の子)」と名乗った。敵を串刺しにしたと伝えられ、「串刺し公」の異名でも知られる。
ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』は1897年に出版された。ストーカーはワラキアの歴史書から「ドラキュラ」の名を借りたとされるが、ヴラド3世を伯爵の手本にしたかどうかは研究者の間でも疑問視されている。ストーカーがトランシルヴァニアやブラン城を訪れた証拠もない。
▼「ドラキュラ城」が生まれるまで
ヴラド3世がブラン城に住んだことはなく、峠を通ったことがある程度だと考えられている。この城に幽閉されたという話もかつてあったが、実際にはハンガリー王に捕らえられて別の地で過ごしたことが分かっている。
それでも、断崖の上の尖塔という姿が小説の城を思わせ、ブラン城は「ドラキュラ城」として知られるようになった。共産主義政権に接収された城は2006年に旧王家の子孫へ返還され、2009年からは私設の博物館として公開されている。
正体をめぐる諸説
- 壱
観光が作った城説(有力)
小説にもヴラド3世の生涯にも出てこない城が、見た目の印象と観光の宣伝で「ドラキュラ城」になったとする見方。
- 弐
小説の城のモデル説
ストーカーが挿絵や資料でこの城の姿を知り、伯爵の城を思い描いたとする説。訪問の証拠はない。
- 参
吸血鬼の潜む城説
峠の古城には今も伯爵の影がさまよい、夜ごと何かが現れるとするオカルト的な言い伝え。
