▼太陽が隠れた日
『古事記』や『日本書紀』によれば、弟の須佐之男命の乱暴を嘆いた天照大神は、天岩戸にこもって岩の戸を閉ざした。太陽の神が隠れたことで、世界は昼も夜もない闇に包まれ、さまざまな災いが起きたという。
困った神々は集まって相談し、天宇受売命が岩戸の前で舞い、神々がどっと笑った。不思議に思った天照大神が戸を少し開けたところを、天手力男神が引き出し、世界に光が戻ったと語られる。
▼川を挟む二つの本宮
天岩戸神社は、岩戸川を挟んで西本宮と東本宮からなる。西本宮は、対岸の断崖の中ほどにある岩窟を御神体とし、拝殿から遥拝する形をとっている。
西本宮から岩戸川を500メートルほどさかのぼった河原は天安河原と呼ばれ、岩戸隠れのときに八百万の神々が集まって相談した場所と伝えられる。洞窟には、参拝者が積んだ無数の小石が並んでいる。
▼神楽の里
社伝では、瓊瓊杵尊がまつったのが始まりとされ、812年(弘仁3年)に再興されたという。その後、戦乱の時代には火災にあったことも伝わる。
高千穂では、岩戸の前で舞った神話にちなむとされる夜神楽が受け継がれ、国の重要無形民俗文化財になっている。天岩戸の伝承地は全国にいくつもあるが、神話がいまも暮らしの中で舞われる地は多くない。
正体をめぐる諸説
- 壱
日食・冬至の記憶説
太陽が隠れる話は、皆既日食や、冬至のころに太陽の力が弱まることを神話にしたものだとする見方。
- 弐
祭祀の場の伝承説(有力)
古くから岩窟や河原が祭祀の場とされ、そこに神話の舞台という伝承が結びついたとする見方。
- 参
神々が実在した地説
天岩戸は神話の出来事が実際に起きた場所で、神々が降り立った古い時代の記憶が残っているとする説。
